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民主主義の矛盾 メモ

民主主義の矛盾は、政治が高度に技術化・専門化しているのに、主権者が生活に追われる庶民という現実だ。政治家は古来から生活者であった例がない。そこに付入るのが共産主義を含む大衆迎合という手練である。
だから、政治家は生活を知る哲学者であるべきだと思う。

 

文献に見る日本の形、皇統とは万世一系のこと

日本書紀


「豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みずほ)の國 は、是(こ)れ吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)也。宜しく­爾皇孫(いましすめみま)、就(ゆ)きて治(しら)せ。行矣(さきくませ)、寶祚(あ­まつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、當(まさ)に天壤(あめつち)と窮(きわま)­り無かるべし。」
「葦原千五百秋之瑞穗國、是吾子孫可王之地也。宜爾皇孫、就而治焉。行矣。寶祚之隆、­當與天壤無窮者矣。」

 

 

古事記


「ここに天照大御神、速須佐之男命に告りたまひしく、「この後に生まれし五柱の男子は­、物実(モノザネ)我が物によりて成れり。故、自ら吾が子ぞ。」
「於是天照大御神。告速須佐之男命。是後所生五柱男子者。物實。因我物所成。故自吾子­也。」

 

天照大御神、高木神の命(みこと)以ちて、問ひに使はせり。汝(いまし)が宇志波祁­流(うしはける)葦原中国は、我が御子の知らす国ぞと言依(ことよ)さし賜ひき。」
天照大御神・高木神之命以、問使之。汝之宇志波祁流葦原中国者、 我御子. 之所知国、言依賜。」

 

「ここをもちて曰ししままに日子番能邇邇芸命に詔を科して「この豊葦原水穂国は 、汝の知らさむ国ぞと言依(ことよ)さしたまう。故、命の隨(まにま)に天下るべし。­」
「明命次日子番能邇邇藝命 二柱也 是以 隨白之科詔日子番能邇邇藝命「此豊葦原水穗國者汝將知國言依賜故隨命以可天降」

 

 

 『万葉集』巻十八 大伴家持


「葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らし召しける 皇祖の 神の命の 御代重ね 天の日嗣と 知らし来る 君の御代御代 敷きませる 四方の国には 山川を 広み厚みと 奉る みつき宝は 数へえず 尽くしもかねつ 」

 

 

北畠親房神皇正統記』巻一


「大日本は神国なり。天祖はじめて 基をひらき、日神ながく統を伝へ給ふ。 我国のみ此事 あり。異朝には 其たぐひなし。此故に神国と云ふなり。」

「伏犠氏の後、天子の氏姓をかへたる事三十六。乱のはなはだしさ、云にたらざる者哉。­唯 我国のみ天地ひらけし初より今の世の今日に至まで、日嗣をうけ給ことよこしまならず。­一種姓の中におきてもおのづから傍より伝へ給しすら猶正にかへる道ありてぞたもちまし­<ける」

 

 

『宋史』日本条


「上聞、其國王一姓傳繼、臣下皆世官、因歎息、謂宰相曰「此島夷耳、乃世祚遐久、其臣­亦繼襲不絶。此盖古之道也。中國自唐季之亂、寓縣分裂、梁・周五代、享歴尤促、大臣世­冑、鮮能嗣續。」
「太宗は、その国王は一つの姓で継承され、臣下もみな官職を世襲にしていることを聞き­、嘆息して宰相にいうには、「これらは島夷にすぎない。それなのに代々の位は遥かに久­しく、その臣もまた継襲して絶えない。これは思うに、古の道である。中国は、唐末の乱­から中国が分裂し、梁・周の五代は歴をうけること最も短く、大臣の世家はよく嗣ぎ続け­ることが少なかった。」

 

 

『ドン・ロドリゴ日本見聞録』


「彼らのある種の伝承・記録から知られるのは...神武天皇という名の最初の国王が君­主制を始め、統治をおこないだしたのは、主キリスト生誕に先立つこと六六三年も前、ロ­ーマ創建から八九年後だということである。日本がまことにユニークな点は、ほぼ二二六­〇年のあいだ、同じ王家の血統を引く者一〇八世代にもわたってあとを継いできたことで­ある。」

 

 

 『ベルナルディーノ・デ・アビラ・ヒロン 日本からの報告』


「彼らのもろもろの文書やきわめて古い書物は、最初の日本国王である神武天皇がその治­世を始めたのは二二七〇年以上も昔だと明言している。」

 

 

『エンゲルベルト・ケンペル 日本誌』

 

「“宗教的世襲皇帝”の王朝は、キリスト以前の六六〇年がその始まりである。…この年からキリスト紀元一六九三年にいたるあいだ、すべて同じ一族に属する一一四人の皇帝たちがあいついで日本の帝位についた。彼らは、日本人の国のもっとも神聖な創建者である『テンショウダイシン』(天照大神、あまてらすおおみかみ)の一族の最古の分枝であり、彼の最初に生まれた皇子の直系である等々のことを、きわめて誇りに思っている。」

 

 

山鹿素行『中朝事実』

 

「ひとたび打ち立てられた皇統は、かぎりない世代にわたって、変わることなく継承されるのである。……天地創造の時代から最初の人皇登場までにおよそ二〇〇万年が経ち、最初の人皇から今日までに二三〇〇年が経ったにもかかわらず……皇統は一度も変わらなかった。」

 

 

福澤諭吉『帝室論』


「我帝室の一系万世にして、今日の人民が之に依て以て社会の安寧を維持する所以のもの­は、明に之を了解して疑わざるものなり。」

 

 

福澤諭吉文明論之概略

 

「わが国の皇統は国体とともに連綿として外国に比類なし。……君[と]国[との]並立の国体といいて可なり。しかりといえども……これを墨守してしりぞくは、これを活用して進むにしかず。……君国並立の貴き由縁は、古来わが国に固有なるがゆえに貴きにあらず。これを維持してわが政権をたもち、わが文明を進むべきがゆえに貴きなり。」

 

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令和元年5月4日 天皇陛下即位を祝う一般参賀 NHKニュース画像

 

古事記 仁徳天皇 聖帝の御代

古事記本文

於是天皇 登高山見四方之國 詔之 於國中烟不發 國皆貧窮 故自今至三年 悉除人民之課役 是以大殿破壞 悉雖雨漏 都勿修理 以f:id:kaiunmanzoku:20190504163857p:plain受其漏雨 遷避于不漏處 後見國中於國滿烟 故爲人民富 今科課役 是以百姓之 不苦役使 故其御世謂聖帝世

 

読み下し

ここにおいて天皇(すめらみこと)、高き山に登り四方(よも)の國を見て詔りたまわく、「國の中に烟(けぶり)發(た)たず、國、皆、貧窮(まづ)し。故、今より三年(みとせ)に至るまで、悉く人民(おおみたから)の課役(えつき)を除(ゆる)せ。」と。 

是を以ちて大殿(おおとの)破れ壞(こぼち)て、悉く雨漏ると雖ども 都(かつ)て修理(つくろ)うこと勿(な)し。 f:id:kaiunmanzoku:20190504163857p:plain(はこ)を以ちて其の漏る雨を受け、漏らぬ處に遷(うつ)り避(さ)りたまふ。
 後に國の中を見るに國に烟(けぶり)滿ちき。 故、人民(おおみたから)富めりと爲(おもほし)て、今、課役(えつき)を科(おお)せたまふ。 

是を以ちて百姓(おおみたから)え、役使(えだち)に苦しまず。 故、其の御世を(たた)えて聖帝(ひじりのみかど)の世と謂う。

 

現代語訳

あるとき天皇は高い山にお登りになって、国の四方をご覧になり、「国の中のどこにも炊煙が登っていないのは、国民がみな貧しく窮しているからである。したがって、今から三年の間、わが民の労役と租税を全て免除せよ。」と仰せになられた。

このために、皇居は破れ壊れて、どこもかしこも雨漏りがする有様でしたが それでもその3年の間は修繕をなされない。木の箱を置いて漏る雨を受けたり、自ら雨漏りのないところに身を動かして雨水を避けていらっしゃった。

3年の後、国の中を見てみると国中に炊煙が立ち登っていた。そこで、我が民は充分豊かになった、今から労役と租税を命じると仰せになった。

こうして、全ての民子孫繁栄し、労務や税に苦しむことが無くなった。そういうわけで全ての民が、この天皇の御代を称えて聖帝の御代だと言うのである。

 

画像はWikipediaから

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Detail of Emperor Nintoku - "Azuma Nishiki Chuya Kurabe" (Edo Embroidery Pictures, Comparison of Day and Night). Woodblock print by Toyohara Chikanobu (1838-1912) and published by Kobayashi Tetsujiro, depicting Emperor Nintoku (313 - 399 A.D) observing his people.

 

三種の神器異聞:南朝系の血脈は、長禄元年(1457年)12月に断絶した

禁闕の変と長禄の変】

嘉吉3年(1443年)9月、後南朝勢力が御所に乱入し、三種の神器のうちの神璽が奪われる事件が発生した(禁闕の変)。赤松氏の遺臣は後南朝勢力に潜入し、長禄元年(1457年)12月に神璽を奪還して後南朝の後裔を殺害した(長禄の変)。この功により時勝の子赤松政則は赤松氏の再興を認められ、加賀半国守護に任ぜられた。天皇家や将軍家と姻戚関係にあった日野父子が後南朝に与していたこともあって、事件は幕府内に憶測を招き、山名氏や細川氏の関与が疑われた。

南朝系の血脈はここに断絶する。

「長禄の変」以降の南朝の血統の行方は現在に至るまで不明であり、新しい史料の発見がない以上、南朝皇統の血統は絶えたと判断する。

 

根拠は下記を参照の事。

 

kaiunmanzoku.hatenablog.com

shousetukaiun.hatenablog.com

田中義成博士「南北朝時代史」の長禄の変の項に、室町時代の長禄元年12月2日(1457年12月27日)に赤松満祐の遺臣らが謀略をもって後南朝の行宮を襲い、南朝の皇胤である一宮(自天王)と二宮(忠義王)の兄弟を討って、神璽を奪って朝廷に還した旨の記述が「吉野の山奥に尚南朝の皇子二人御座し・・・・・共に御名並びに御系統を審らかにせず・・・」とある。この上月記、赤松記を紹介して、これ以上の史料がまだ発見されておらず、今後も期待が出来そうもないと論じられている。

特に、「共に御名並びに御系統を審らかにせず」には後南朝系の記録が徹底的に抹殺破壊されたことも含まれる表現であることにご留意いただきたい。

「自天王」・「忠義王」は本名でないことも、この表現でお分かりいただけると思う。本文には「一宮」「二宮」とだけ記されているのがその証拠である。そんな痛ましい限りの(後南朝系の記録が徹底的に抹殺破壊された)状況が上月記、赤松記に記されている「共に御名並びに御系統を審らかにせず」なのだ。

 

20150614141104

 

 

【韓国情勢】徴用工像反対に良識派が街頭行動へ 西岡力(国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授)

【韓国情勢】徴用工像反対に良識派が街頭行動へ 

西岡力(国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授


 韓国の良識的学者、知識人がついに左派が主導する反日運動に反対する街頭行動に乗り出した。李宇衍・落星台研究所研究員らが主導する「慰安婦労務動員労働者銅像設置に反対する会」など3団体が釜山で、「徴用工」像の設置に反対する街頭集会を企画し、一般国民の参加を募っている。


 李研究員はこれまで、朝鮮人戦時動員労働者の待遇に差別がなかったことなどを実証的に明らかにするなど、李栄薫ソウル大学名誉教授らとともに日本統治時代に関する実証研究に取り組んできた。


 彼は気鋭の研究者らと数年前から「慰安婦労務動員労働者銅像設置に反対する会」などを作って、主としてネットでの発信などで活動してきたが、釜山市が一度撤去した「徴用工」像を再度、過激な労組に返還し、日本総領事館近くに像を再設置する動きが明らかになる中、現場での街頭反対集会を行うことを告知したのだ。


 李研究員らは「徴用工」像設置に反対する理由として、①像が労務動員の歴史的現実を深刻に歪曲しており、②反日民族主義を拡散・深化させ、③対日関係の悪化で韓国の経済と安保などに深刻な危害を招く―を挙げている。


 以下は李研究員らがネットでの拡散を通じて街頭集会への参加を呼びかけた告知文の全訳である。

【韓国情勢】徴用工像反対に良識派が街頭行動へ 西岡力(国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授) « 国基研ろんだん 国基研ろんだん 韓国人からみた韓国情勢 « 公益財団法人 国家基本問題研究所


以下は、上記リンクより
緊急告知

 

釜山「強制徴用労働者像」設置反対の記者会見および集会開催を知らせます。


 ご存知のように現在の韓日関係は1965年以来最大の危機状況です。この危機の中心に慰安婦「平和の少女像」と勤労者「強制徴用労働者像」が象徴する慰安婦動員と労務動員問題があり、これらは韓日関係のブラックホールになりました。


 このような状況で民労総、韓国労総そして正義連帯(旧挺対協[挺身隊問題対策協議会])を中心に構成された「強制徴用労働者像建設推進委員会(推進委)」はソウル、仁川、済州、蔚山、昌原に続き、釜山にある日本総領事館の向い側の慰安婦像のそばに労働者像設置を試みたが、政府によって阻止されました。


 推進委はいわゆる「釜山市民百人円卓会議」を構成し銅像設置の場所を決め、5月1日までに国立強制動員歴史館に保管されている銅像をそこに再び設置することで釜山市と合意しました。その場所は日本総領事館の近隣になることが予想されています。


 私たちはこの銅像設置を反対します。その理由は、まず「強制徴用労働者像」が労務動員の歴史的現実を深刻に歪曲しており、2番目に反日民族主義を拡散・深化させ、3番目に対日関係の悪化で韓国の経済と安保などに深刻な危害を招いているからです。


 これに対して、下記の[3つの]会ではその設立趣旨にもとづき、初めて本格的な行動をなそうと思います。下記の[3つの]会の名で、労働者像設置に反対する内容の街頭での記者会見とアピール集会を行います。日時は推進委の銅像設置行事に合わせて、場所は彼らの集会開催地から最も近いところにしたいと思います。 推進委の時間・場所が未定であるので、推進委の計画が出てくれば時間と場所を直ちに告知します。


 韓日関係は最高の危機に直面しており、今の状況はまさに切迫しています。また、反日民族主義に対する懐疑的見解が今ほど広く拡散したこともなく、少なくない関心と支持を得られると予想しています。今回の行動の成否はただ皆さんの参加と支持にかかっています。


 反日民族主義に反対する市民運動は私たちが最初です。また、具体的な行動によってこれを表現するのも今回が最初です。最初中の最初になる歴史的事件を私たちが作りましょう。


 この行動は

慰安婦労務動員労働者銅像設置に反対する会
反日民族主義に反対する会
韓国近現代史研究会

 が共催します。


 記者会見の後に開かれる集会は、声明書朗読とスローガン唱和約30分、印刷物配布30分ほどとして準備しています。記者会見・集会全体を撮影してユーチューブを通じて広報します。


もう一度、皆さまの積極的な当日行事への参加を要請します。

 

吉ドヒョン, 金ギス, 金スルギ, 金ヨンソン, 羅スヨル, リュ・ジェウン, 宋サン,沈ギョンジャ, 呉ジョンテク, 李ソクホ, 李ソントゥ, 李宇衍, 李インチョル, 李ジョンソン, イム・ジンヒョン, 鄭ギジュ, 鄭アンギ, チュ・ドンシク, 陳ミョンヘン, 崔ドッヒョ, 崔ヨンモク, 崔ウンジョン, 韓セヒ, 韓ヒチャン

2019年4月22日

鴻海会長 テリー・ゴウ と 天上聖母媽祖さま

【「鴻海会長テリー・ゴウが海の女神の天啓により、総裁選に出馬する」というネタで戯れ言】

旧暦3月23日(今年は4月27日)は台湾で広く信仰される女神、媽祖さまの誕生日。

台中市大甲区にある「鎮瀾宮」の媽祖さまの巡礼は、「台湾宗教百景」の一つ。 媽祖さまは、「天上聖母」、「天后」などとも呼ばれ、宋代に実在した官吏の娘、黙娘が神となったものと伝えられる。媽祖信仰は、東アジアの海洋地域に広がっている。

日本でも江戸時代以前に伝来・作成されたとされる媽祖像が南薩摩地域を中心に現在30例以上確認されているほか、青森県大間町の大間稲荷神社には、天妃媽祖大権現が祀られている等、思わぬところで信仰されている。

ところで、英字紙が

Foxconn CEO Terry Gou Says a Sea Goddess Has Told Him to Run for President”

「(電子機器受託生産では世界最大の企業グループ)フォックスコン(日本では鴻海として知られ、Apple最大のサプライヤーでもある)の会長テリー・ゴウが海の女神から大統領選に出馬せよと天啓を受けたと発言」

というニュースを流したので、
天邪鬼な私は、早速

"A Sea Goddess Has Told Terry Gou to Run after the President, not Me!"

「海の女神は、テリー・ゴウに『私のではなく、総裁のお尻の方を追い駆けなさい』と言ったんだ」

と茶化した。

Foxconn CEO Terry Gou Says a Sea Goddess Has Told Him to Run for President | The Diplomat

 

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In this image made from video, Terry Gou gestures during a press conference at KMT headquarters in Taipei, April 17, 2019. Image Credit: AP Photo/Johnson Lai

 

私が茶化したのは天妃媽祖大権現ではなく、神託を味方に付けようとする拝金主義者の中共代理人のほうだ。

その昔、尖閣航路を旅する者にとって、中華界を過ぎ琉球界に入るまでの「人為や王権の及ばぬ世界」は、中華文明(皇帝)や琉球王の権力の及ばない世界(いずれの王によっても統治されていない世界)であり、海の女神(天妃媽祖)らが支配する世界だった。

画像は、斎鯤の「東瀛百詠」の一部分。
蛟龍窟、電光雹響、黒溝(海にある溝(みぞ)で代々の冊封使琉球への道筋に海水が落ち込んでいる黒い溝が存在すると信じていた)、混沌、黿鼉(大きな亀)、馮夷海若(海神)、百霊、神光等の言葉が並んでいる。中華界を過ぎ琉球界に入るまでの「人為や王権の及ばぬ世界」は「無主地」そのものだったと分かるだろう。

台湾がチャイナの国民党軍に支配されるはるか昔の話である。

 

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斎鯤 「東瀛百詠」の一部分

kaiunmanzoku.hatenablog.com

 

 

 

 

「史上初、ブラックホールの撮影に成功」の凄さ

 

「昔見たあのブラックホールの画像はいったい何だったの?」と思ったあなたのために

「史上初、ブラックホールの撮影に成功」の凄さが分かりにくいので、参考部分に画像で説明を入れてみた。
このブログの下の方の「参考」を読んでいただきたい。

https://alma-telescope.jp/assets/uploads/2019/04/20190410_EHT_M87BH-773x450.jpg

プレスリリース - 史上初、ブラックホールの撮影に成功 ― 地球サイズの電波望遠鏡で、楕円銀河M87に潜む巨大ブラックホールに迫る - アルマ望遠鏡

 

イベント・ホライズン・テレスコープの建設と今日発表された観測成果は、何十年にもわたる観測的・技術的・理論的取り組みの賜物です。さらに、世界中から集まった研究者たちの緊密な連携の結果でもあります。イベント・ホライズン・テレスコープを実現するために13のパートナー機関が力を合わせ、既存の観測装置を活用するとともにさまざまな機関からの支援も受けて活動してきました。主要な資金援助は、アメリカ国立科学財団と欧州連合の欧州研究会議、そして東アジア地域の資金配分機関からのものです。

日本の研究者も、さまざまな面でこの研究に貢献しました。まず、日本と台湾・韓国、北米、欧州が共同で運用するアルマ望遠鏡は、観測に参加した望遠鏡の中でもっと感度が高く、イベント・ホライズン・テレスコープ全体の感度の向上に大きな貢献をしました。また、アルマ望遠鏡をイベント・ホライズン・テレスコープの一員とするために、山頂のアンテナ群から山麓施設にデータを伝送する装置は国立天文台が開発しました。さらに、日本はアジアのパートナーと共に東アジア天文台を設立しており、東アジア天文台がハワイのジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡の運用を担っています。

「日本の研究者は、ソフトウェアや研究においても貢献をしています。私たちは、『スパース・モデリング』と呼ばれる新しい手法をデータ処理に取り入れました。これにより、限られたデータから信頼性の高い画像を得ることができました。最終的には、4つの独立した内部チームが3つの手法でデータの画像化を行い、いずれもブラックホールシャドウが現れることを確認しました。」と、イベント・ホライズン・テレスコープ日本チームの代表である本間希樹 国立天文台教授・水沢VLBI観測所長は語ります。研究チームの一員で、2019年3月まで国立天文台に在籍し現在はマサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所に移った森山小太郎研究員は「さらに私たちは、具体的な方法を変えながらおよそ5万通りもの画像化を行い、得られたブラックホールシャドウの画像の特徴が本当に信頼できるものであるかを入念に確かめました。」と語っています。

同じく研究チームの一員である田崎文得 国立天文台水沢VLBI観測所特任研究員は、「日本独自の手法でデータを解析し、ブラックホールシャドウの画像化に成功した時は、本当に興奮しました。さらに画像化の成功を世界中の仲間と共有できたことは、これまでで最も幸せな瞬間の一つです。」とその喜びを語っています。

また、台湾中央研究院天文及天文物理研究所の小山翔子 博士研究員は「画像化の前段階でも、独立に開発された3つの手法で解析を行い、解析結果が十分に一致することを検証しました。こうした途中経過にスポットライトが当たることはあまりありませんが、研究の一ステップごとにチームメンバーが緻密な努力を積み重ねてきたことが、今回の成果につながったのだと思います。」と語っています。

 

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2019年4月11日 読売朝刊

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2019年4月11日 読売朝刊

 

 

 

参考

下の画像は今回報じられたブラックホール楕円銀河M87)と異なる天体(NGC4261銀河)の画像だ。この画像に見覚えがある方もいるだろう。

 

この画像は2002年11月1日発行 2004年5月10日第2刷 のNewton別冊に掲載のもので、ハッブル宇宙望遠鏡が撮影し、ガス円盤の中心から噴出する電波ジェットを観測できたとして有名なものだ。

これにはブラックホールは映っていない中央にある明るい白い点の「奥」にガス状の降着円盤があり、その中にブラックホールが存在していると考えられる」とされている画像だ。

今回の成功は、この白い点のようなところを、さらに極小の針で突いたような部分に存在するブラックホールを画像として捉えたものだ。

いかに画期的であるかが分かると思う。

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ハッブル宇宙望遠鏡による撮影(NASA) Newton 別冊 改訂版 4次元宇宙の謎

2003年のNewton別冊(下図)には、その白い点の解説図が掲載されている。

この左側の四角で囲まれた部分の撮影に成功したのだ。

 

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Newton別冊 改訂版銀河大紀行 2003年発行

 

 

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通貨発行権は主権国家の信用の証

市場で過去に危機に陥ったことがある韓国ウォンをドルに交換してもらえるのも、日本がバックにいて、何があっても見離さないと諸外国が思ってるからだ。諭吉も栄一も気に入らないならスワップ協定も要求しないことだ。

 

韓国メディア、渋沢栄一を「収奪の象徴」と批判 - 産経ニュース

 

www.fnn.jp

https://www.boj.or.jp/announcements/release_2019/rel190409a.pdf

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日本銀行資料 https://www.boj.or.jp/announcements/release_2019/rel190409a.pdf

 

韓国の御用学者とマスコミ各社の記者諸君は、何でも善悪二面論で日本を悪者にしたがるから、墓穴を掘ることになる。
近代史と経済をしっかり見直しし勉強する機会として活かして欲しい。

 

金貨や銀貨ならともかく、信用が無い国が紙の通貨を発行しても、その通貨に信用がないのだから流通しようがない。それが20世紀初頭の朝鮮半島だ。

無理に通貨量を増やせば、通貨の価値は下がるところまで下がって、その通貨を使いたいという人がいなくなる。そしてその代わりに、欲しいという人が多い(価値が下がらず、信用が持続する)通貨が持ち込まれて市場に流通するようになるだろう。

 

第一銀行が朝鮮半島に進出したのは1878年李氏朝鮮時代」であり、韓国が主権を奪われたと主張する日韓併合の32年前。1902年に渋沢栄一肖像画が描かれた「無記名式一覧払い約束手形」が発行される前でも、後でも自国通貨発行の機会があったはずだ。出来なかったのは、信用力が決定的に不足していたからだ。

 

通貨発行権主権国家の権利だが、信用がなければ権利があっても行使しようがないという事だ。その当時の半島には、海外に輸出して外貨に換えられる産品がなかったのだ。つまり能力が不足していたということだ。

恥じるのなら、国の近代化こそが通貨発行能力を育む唯一の方法であったことに気付く優秀な人々を迫害してきた歴史を恥じるべきだ。何でも善悪二面論で日本を悪者にしたがる朱子学的思考方法を改められないから、墓穴を掘ることになる。思考方法すら近代化されていない。これではいけないと昔から韓国の一部の教養人や指導者は気付いていた。しかし発言するたびごとに弾圧され迫害されて来ている。

かっては守旧派に、戦後は主体主義思想に洗脳された人々と彼らに付和雷同する愚か者たちに。

それでも、半島の近代化を助けた恩人として金玉均渋沢栄一が見直される日が来ることを信じたい。だが、その中途では民族的試練がどうしても必要なのかもしれない。

 

海自と英海軍 北の瀬取りを摘発

本来なら、新聞テレビが大きく報じておくべき事件。二日たっても小さく扱ったままだ。というわけで、今後の展開によっては引用の必要もあるのでブログに再掲載しておくことにする。

 

海自と英海軍 北の瀬取りを摘発

平成31(2019)年4月7日 読売朝刊

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海自と英海軍 北の瀬取りを摘発 平成31(2019)年4月7日 読売朝刊

 

 

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