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History / Senkaku 八重山日報 【欧州でも「尖閣は沖縄」 明治元年のドイツ地図に記載】

 

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Mr. Ishiwi(石井), Associate Professor of Nagasaki Junshin Catholic University, Mr. Akazome(赤染), Research Associate of Tokyo University and me, Ethan Kainmanzoku(伊井) joined to research European old maps. This is the map of evidence that the Senkaku Islands were regarded as Japanese Territory by Europeans in 1868. 

This article was published by Yaeyama Nippo, a local newspaper in Ishigaki-jima of Okinawa, Japan.

 

 

記事内容については、まず八重山日報でご覧ください。

http://www.yaeyama-nippo.com/%E7%89%B9%E9%9B%86/%E5%B0%96%E9%96%A3%E8%AB%B8%E5%B3%B6/

 

▼全文は「新聞オンライン.com」で立ち読みもできるが、ぜひ、購入をお願いしたいと思っている。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

 

 

私のことは民間研究者として紹介頂いている。その私と、長崎純心大学准教授の石井氏、東京大理学部助教の赤染氏の共同研究で明らかになったと紹介されたのは、ドイツの地図製作の大家、アドルフ・シュティーラーの名義で発行されていた「ハンド・アトラス」(小地図帳)の中の「中国・朝鮮・日本図」である。

 

図上では尖閣の西北側から与那国島の西側を経て、台湾の緑島(りょくとう、旧火焼島)の西南側まで点線が引かれ、日本と同じ薄青色に彩色されている。

ご覧になって、 お気付きの諸氏もいらっしゃるだろう、台湾は全島が黄色に塗られているのではなく、島の北端部こそ東岸部まで彩色されているが、東岸部の殆んどは無彩色である。黄色の彩色は台湾山脈の頂きあたりで途切れている。

当時の大陸政権の権威が台湾島の東岸に達していなかったことは、諸資料で明らかであるばかりでなく、西洋人の間でも知られていたことが分かる。

参考:

尖閣諸島 大陸の歴代政権(中国)はどう認識していたか - kaiunmanzokuのざれごと、たわごと、綺麗事

 

私の過去のブログ(http://d.hatena.ne.jp/kaiunmanzoku/20120716/1342441946)が契機となって、石井先生、赤染先生と一緒に欧州の地図を詳細調査をすることとなったことは我ながら誇らしく思っているが、研究のそのほとんどは石井先生と史料確保に奔走した赤染先生の手になるものである。もし私に貢献があるとすれば、主にきっかけと動機の面であろうと思っている。

この場で改めて、感謝申し上げます。

なお、引き続き八重山新報よりさらなる解説や発表がなされる予定となっているため、ここでは、研究が記事として紹介されたことのみお知らせするものとする。

 

 

 

 

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