以下は いしゐのぞむ氏著 『尖閣反駁マニュアル百題』の読後感想である。
「海」が陸の果てであると思えば、「海防」は陸の果ての守りのことである。
曹學栓の湘西紀行に「東湧」を甚だしき遠哨とする理由も理解できるというものである(いしゐのぞむ氏 『尖閣反駁マニュアル百題』155頁下段参照)。
それに対して「洋」は、王権の及ばぬ外の世界である。
傅維麟 明書・張赫傳
入牛山洋遇倭、追至琉球大洋、擒倭酋、俘獲多人。
牛山洋に入りて倭に遇い、追いて琉球大洋に至り、倭酋を擒へ、俘獲すること多人なり。(書き下し文はいしゐのぞむ氏より)
牛山を、陸地の果て(海)より遠い場所だとして記しているのが、牛山「洋」の表現であろう。
沿岸の海路、海道あるいは水路から遥かに遠い牛山「洋」に這い入って、そこで、というのが「入牛山洋」という表現に思える。
さらに大陸と澎湖諸島の間の洋上は「大洋」と表現され、この事件は「洋」から「大洋」に進出して「海外から界外に進出して」倭寇に勝利した壮挙として記されたのであろう(いしゐのぞむ氏 『尖閣反駁マニュアル百題』177頁 「三 倭寇を追撃した「琉球大洋」は尖閣海域なのか参照)。