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Essay / 「市民」が国旗・国歌を否定する理由 - 「市民」と言う「反国家グループ」

【「市民」と言う「反国家グループ」】

 

国民国家の誕生とともに「国民」が誕生した。

日本人は明治になって、その国土に住む住民全てが日本国に参画することで日本に帰属するという意識が生まれた。

 

未だに国民国家でない国も多い。そこには「国民」はいない。
いるのは「部族民」「○○派XX教徒」「政権支持派」「反政権派」等だ。
彼らには国家に対する帰属意識はない。彼らは、部族や宗教や利益を与えてくれるグループにそれぞれ帰属していると考えている。

 

共産国家も同様だ。そこにも国家に参画している「国民」はいない。いるのは、「人民」や「党幹部」「都市住民」「農民」等だ。運が良ければ「民衆」が誕生するが、党や軍に所属している人々にすら、殆ど国家に対する帰属意識などない。

 

これらの国の人々は国家に帰属意識がないため、祖国を簡単に捨てる。ファシズムの支配する国々では特にそうだ。自分が構成員でもなければ利益を受ける人々にも属していないからだ。

 

国家に日々の労働や社会活動、選挙、納税を通して参画しているという意識。義務教育や健康保険、年金、労働の対価である賃金の授受等々、社会を成り立たせている諸制度。それらが国民国家を作っている。法律やそれに基づく制度だけではない。歴史や文化、慣習の土台に乗った秩序のことである。普段は意識することの無い空気のように家族、友人、地域を形作っている秩序である。それこそが、国家を形作り、それに参画している「国民」という意識を産む母体である。

 

「国民」がいるのは、国民国家が成立している国だけだ。
それらの国々には国家の柱になるコアがあり、歴史と文化がある。それが象徴されるのは、言語であったり、理念であったりするが、多くは国旗や国歌にそれが良く表されているだろう。日、米、英、仏、独、西、伊のG7の先進国と呼ばれる国々だけではない。およそ国民国家の意識が成立している人々で構成される集団なら、コアになる元首や理想を表した国旗・国家がある。例えばチベットも不当に征服されてはいるが、立派な元首と国旗がある事は知られているだろう。彼らは明確に国家に対する参画・帰属意識がある。

 

こう考えてくると、日本において国民国家を否定する人々が、「市民」を自称し、国旗・国歌を否定するのは、彼らが常日頃唱えているヘイワ主義ともゴケン主義とも関係がない話だとわかってくる。

彼等には日本国に対する帰属意識がない。

「自分が構成員でもなければ利益を受ける人々にも属していない」と、日本国に対してそう思っているのだ。その個々人の理由は様々だろう。個人的・民族的な帰属意識がそうさせるのかもしれないし、イデオロギーがそうさせるのかもしれない。帰属する国家を否定しているのだ。

つまりは、ヘイワもゴケンも彼らにとってデマゴーグと言う道具に過ぎない。

ただただ国家を否定しイデオロギーを実現したいという理由があるだけだ。

 

日本国と言う「国民国家」を破壊する意図を持った人々が背後にいることは容易に推測できる。

彼等こそ、平和主義・護憲主義の真の敵だ。

 

 

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#市民 

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