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「日本の歴史と文化の尊重」という文意を改正憲法に

ここでは、個々人の個性や思想、嗜好や信条を語るつもりはなく、人種や民族、集団性や国民性を通して日本を語り、その歴史や文化を背景にした日本社会を法的に価値のあるものとして守るべきだという話をしようとしている。

要するに、以下は個人の権利自由とは、別次元の話である。

そのつもりでお読みいただきたい。

 

アイデンティティーを語るときに重要なのは「共通性」だ。

日本は国民国家であり日本文明と言える独自の歴史と文化を持った国だと言える。


移民や帰化人はいても、彼らは日本文化に同化することを前提に渡来して来ている。
このことが大前提になっていると信じる。少なくとも過去はそうだ。


人々の日本文化への同化という事は、日本国憲法にも大日本帝国憲法にも書いていないが、「日本」という概念が出来る前から、今の今までで一番確実な真実の一つだと思う。日本人の共通性は日本文化にあるということだ。源氏物語に出てくる「大和魂」も明治の代の「和魂洋才」もその例として挙げられるだろう。

 

この思いに異議を差し挟む人々が近未来的に多数派になるとは思えない。むしろ、この日本文化を継続する社会を維持したいという思いこそ、共通の思いではなかろうか。

 

だから、憲法という日本の最高法規に記載して保護するだけの法益がここに存在すると主張したい。「日本の歴史と文化の尊重」ということだ。義務として記載するか事実として記載するかは議論になるとしても、海外からの移民や帰化人ですら、従前の居住者と古来より一体となって形作って来た国の形が日本だ。そのことが重要な法益だと思う。その法益の事を昔なら「國體」という抽象化した言葉で言い表していた。より説明的に記すなら「日本の歴史と文化とそれらが生み出してきた日本的価値観を尊重してきた」法益のことだ。

 今なら「日本の歴史と文化の尊重」と言い表せば足りるだろうと思うのだ。

 

日本の民主主義や立憲主義を語るとき、国民皆が寄る辺と出来る大前提がここにある。

このことを無視して、悪戯に現憲法の全面破棄して大日本帝国憲法を復活させても弊害だけが生じる。現行の三権を今まで以上に機能させる効果が生じるように改正されねばならない。何よりも国土、国民、社会、人権が守れなければ意味がない。そのために日本人が基礎を置くべきなのは「日本の歴史と文化の尊重」なのだ。

そこを無視して話に齟齬を生じさせる輩が増えすぎた。ここに気付かねば、どんな議論も不毛だ。

 

まとめだが、憲法を改正するのであれば、この際、「日本の歴史と文化の尊重」する旨をどこかで表現すべきだと思う。いかがだろうか。

 

以上

 

追記:憲法への記載という意味で、平和を祈る気持ちだけではなく「日本民族の存亡を賭して戦った日本史上唯一無二の本土決戦が沖縄で行われた」旨や「失われた領土」の記述は、ぜひ前文に入れるべきだと思っている。こちらは項を改めてその理由と共に別途主張したいと思う。

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