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Be love Be peace Be harmony Be compassion Be joy

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フッ素物品輸入量=使用量+残量 を提示できない韓国 疑惑はますます深まった

【韓国はなぜ説明責任を負うか】

 

朴槿恵弾劾を境にして増えるフッ化水素の韓国への輸出(下図参照)。

 

韓国側の輸入企業名輸入量をリスト化できる記録と数値は日本の経済産業省で把握できる。日本企業と経産省が管理を行っているからだ。
問題は使用量残量だ。これらは韓国側の管理の問題だ。しかしこれも韓国企業が戦略物資として管理できていれば

「何を(材料名)、 いつ(日時や期間)、 何に(用途)、 どれぐらい用いて(使用量)、 どのくらい残っているか(残量)」

を即座に答えられるはずで、韓国側にその義務がある。

それらを基準や規則や目標を設け、そこから逸脱がないように責任者が監督・統制し、後の管理や監査に供するために記録する義務がある。当然、記録を残してあるはずではないか。

 

その記録された数値が、購買量=使用量+残量 を証明すればよいだけの話だ。

韓国国民が青筋立てて「報復だ」「日本製品のボイコットだ」と憤慨する要素はどこにもない。

ましてや、韓国政府や韓国企業が慌てたり戸惑うところは何もないはず。淡々と日本側に「何を(材料名)、 いつ(日時や期間)、 何に(用途)、 どれぐらい用いて(使用量)、 どのくらい残っているか(残量)」を説明できさえすれば、日本の韓国に対する優遇措置解除を取り消しさせることができるはずだ。

ここでは、難しい説明などまったく必要がない。

 

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韓国へのフッ化水素輸出

 上記はFBへの投稿を手直ししたもの

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改憲は「日本をより良くする」が体現できる勢力で

改憲は「日本をより良くする」が体現できる勢力で】

橋下氏や足立氏は、一般大衆から共感を得る態度が欠落している

人間がほんとに悪くなると人を傷つ けて喜ぶこと以外に興味を持たなくなるといいます。もし人が他人の行為や発言に誤りや欠点を見つけたとしても、何かの事情が背景にありそれが自分に見えなかったり、説明途中で早合点や誤解をしてしまっている可能性すらあります、それを考慮せず、自身の無謬性を頑なに信じ、その見解を絶対正義と断じて(このことを世の中では「偏見と独断」と言います)、敵認定して攻撃を開始(このような偏見による攻撃を「ヘイト」と世間で定義している)するような人物は、誰からも共感されません。

 

クソ・バカと言う言葉は友好的な言葉ではなく著しく社交性を書いた言葉です。教養とは社交性の事と信じる私に言わせれば、クソ・バカ等の非社交的な言葉は無教養と同じ意味です。

 

そのような言葉を、自論に服さないという理由(あるいは偏見と独断に満ちた生活習慣で身につけた口癖)で、対話の相手方に使う橋下氏や足立氏は人として欠陥があるか、著しく共感力に欠ける非社交的人物、非教養人だと断じざるを得ません。歴史も常識も知らず、条文と判例だけを現実に当て嵌めて、人がそれに従っているや否やだけで相手を判断しているような人物なのでしょうか。そんな印象を受けます。

 

甚だ残念です。ぜひ、改めていただきたい。
改憲に賛同する全ての党派の代表的人物は、国民の共感を得られる言動が出来る人々であって欲しいと思います。

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クソ・バカと言わねば呼吸できぬ病 #維新病 とは無教養の事

こんな(偏見と独断に満ちた生活習慣が生み出した病に罹った)人が集まる党が政権党になったら、反対者の弾圧やら迫害が起きそうだと感じてしまう人も多いだろう。恐らくそれが起きる確率は健康な生活習慣を持つ人々が集う政党より遥かに高いだろう。

 

橋下や松井や足立に丸山。
挑発して仲間内で喝さいを浴びたいのかどうか、他者に敬意が足りない輩が多すぎる。(元も含め)幹部を見習っているのではないかと思う。威圧的であることを誇っているようにも見える。

 

保守陣営が、改憲を目指す味方として取り込むにしても、異端者として距離を置くにしても、危険分子扱いせざるをえない。そう思う。

 

いくら何でも、もうちょっと社交性が必要だ。


社交性は相手に自分を理解してもらう、共感を感じてもらうために必要な能力であり、教養そのものだ。社交性のかけらも感じさせない言動は教養そのものがないと断じられる。そう考えて間違いないだろう。

それとも、クソ・バカと言う言葉に社交性があるとでも。

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地名表記は国家の主権問題 議員立法を

MEMO 地名表記

多くの国々では地名表記は国家の主権問題です。


しかし日本ではそれを総括管理する機関さえありません。それどころか、歴史的地名さえ地方自治体の恣意によって変更され保護できていない状況が発生しているのが現実です。(みどり市さくら市の乱立や歴史上残すべき古い土地名の変更等)

 

理想としては、地方分権の精神は維持しつつ、地名は中央政府が最終的な決定権を持つべきです。ですから、地方の地名決定を届出制ではなく中央政府の承認制に変えると法整備すべきです。


その場合でも、国家主権上の問題が生ずる地名については、例外的に国家が主導権を握るようにすべきでしょう。

 

ちなみに、先日石垣市議会で決議された「尖閣」地名変更の要望書については、早期に石垣市長より地名変更条例案が提出され条例として決議され、国への変更届がなされるべきと思います。

 

もし、その手続きに大幅な遅滞が生ずる可能性があれば、せっかくの手続きが誤ったメッセージとして国外に伝えられかねないので、内閣で閣議決定を持って直ちに地名変更するという前例を作ってしまう良い機会と考えます。地名の統括機関がない以上は内閣がその任に当たるしかないからです。

 

上記は2018年にFB に投稿したもの。

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『歴史問題、永遠に言い続けよ』江沢民氏 抗日戦争死者チャイナの主張

 

抗日戦争死者としてチャイナが発表している数字

 

発表年  死傷人数             調査・出典 補足


1946年 軍人作戰死亡 1,328,501 中華民國國防部・発表 国民革命軍のみ*


1947年 平民死亡 4,397,504 中華民國行政院賠償委員會 國民黨統治區*


1947年 軍民死傷 12,784,974 中華民國行政院賠償委員會 國民黨統治區·

     軍人死傷 3,650,405+平民死傷 9,134,569 = 軍民死傷 12,784,974

 

 

1985年 軍民死亡2100万 共産党政権発表(抗日勝利40周年)


1995年 軍民死傷約3500万 江沢民発表 江沢民、纪念抗日战争胜利五十周年大会上的讲话

 

*東京裁判時にチャイナが主張していた数値は、軍人作戰死亡 1,328,501+平民死亡 4,397,504=軍民死傷 5,726,005 。それと比べると、現在主張されている3500万人という数値は、東京裁判時にチャイナが主張していたものの約612倍ということになる。

最初の 5.726,005には東京裁判時に主張していて認められなかった南京大虐殺の死者数が入っていると考えられる。

 

題名の「『歴史問題、永遠に言い続けよ』江沢民氏」は、『読売新聞』2006年8月19日付記事および2006年8月に発売された『江沢民文選』中の「『歴史問題、永遠に言い続けよ』江沢民氏、会議で指示」による。

 

 

(1) 抗日戦争死者としてチャイナが発表している数字 発表年 死傷人数 調査・出典 補足 1946年 軍人作戰死亡 1,328,501 中華民國國防部・発表 国民革命軍のみ* 1947年 平民死亡 4,397,504 中華民國行政院賠償委員會 國民黨統治區* 1947年 軍民死傷 12,784,974 中華民國行政院賠償委員會 國民黨統治區· 軍人死傷 3,650,405·平民死傷 9,134,569 1985年 軍民死亡2100万 共産党政権発表(抗日勝利40周年) 1995年 軍民死傷約3500万 江沢民発表 江沢民、纪念抗日战争胜利五十周年大会上的讲话 *軍人作戰死亡 1,328,501+平民死亡 4,397,504=軍民死傷 5,726,005 となるので、東京裁判時にチャイナが主張していた数値の約612倍が、現在の3500万人ということになる。最初の 5.726,005には東京裁判時に主張していて認められなかった南京大虐殺の死者数が入っていると考えられる。

The List of V.I.P. Yasukuni Shrine Visitors After the War and "War Shrine Chinese Propaganda" - kaiunmanzoku's bold audible sighs

 

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沖縄(をじなー)は 和邇魚(をじなー)/因幡の白兎と山幸海幸の神話は西南諸島を和邇(ウツホフネ)で九州に上陸した日本民族の記憶だ

和邇魚」と書いて、 wojinah 「をきなは(沖縄)」と読む。そのように過去のブログで書いた。

「和邇魚」は、 wojinah 「をきなは(沖縄)」に通じる言葉 古事記 山幸海幸 番外編 - kaiunmanzoku's bold audible sighs

 

和邇とは船だ(船は和邇である)と、因幡の白兎の物語に謎々の形ではっきり書いてある。とも書いて説明してきている。

和邇とは船だ(船は和邇である)と因幡の白兎の物語に書いてある - kaiunmanzoku's bold audible sighs

 

ウツホフネを操る人々は「和邇(をに)」とも呼ばれる海の一族である。

和邇」とは、物語の中で「私と貴方は同族」と読者や聴衆に伝えている漢字表現である。わざわざ、これ音を以て二字とする、下はこれに倣う(此二字以音、下效此)と伝えなければならない意図を感じさせる。そうも言ってきた。

因幡の白兎 兎と鰐 大国主命 解説 - kaiunmanzoku's bold audible sighs

 

事勝国勝長狹神こと鹽椎の神、シオツチノオジのオジは、潮流に乗って和邇(woni)と呼ばれる船を操り、沖縄(Wojinah)を拠点として、東シナ海=倭的海(わたつみ)を縦横に、さらには北九州や朝鮮半島因幡や東北、沿海州、瀬戸内海や黒潮に乗って伊勢や熱田、安房や小笠原列島の方まで進出していたと想像し、翁(Wojinah)は和邇魚(Wojinah)と同じ発音で同じ意味なのだと主張した。

Memo シオツチノオジ、鹽椎翁(siotsukino wokinah)は、鹽椎和邇魚(siotsukino wojinah) - kaiunmanzoku's bold audible sighs

 

上記の考察から導かれる一つの推論・仮説は、因幡の白兎と山幸海幸の神話は西南諸島を和邇と呼ばれるウツホフネを用いて日本に上陸した日本民族の記憶だということだ。そうとしか思えない。

 

なお、古事記本文を引用する。読み下し解説等は下記を参照して欲しい。

古事記 山幸海幸⑥ 上國(うわつくに)へ和邇(わに)の頚(くび)に乗りて帰国 - kaiunmanzoku's bold audible sighs

 

古事記本文:山幸海幸の段

即悉召集和邇問曰 今天津日高之御子 虚空津日高爲將出幸上國 誰者幾日送奉而 覆奏 故各隨己身之尋長限日而白之中 一尋和邇白 僕者一日送即還來 故爾告下其一尋和邇 然者汝送奉 若渡海中時 無令惶畏 即載其和邇之頚送出 故如期一日之内送奉也 其和邇將返之時 解所佩之紐小刀 著其頚而返 故其一尋和邇者 於今謂佐比持神

 

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沖縄諸島 Wikipedia画像

 

民主主義とは、法治国家における国民主権の具体化であり進め方のこと

民主主義を叫ぶくせに民主主義が分かっていない人は多い

彼らは、施政者に不満を上げない衆愚を見下し、揃いも揃って「この国の民主主義」を憂いる。

国家は、他国から独立した主権を行使でき、内政においても正当な効力のある統制がなされ治安が維持できていて初めて存在できる。外交用の独立した主権の行使も内政用の正当性を持つ統制力も国家の持つ権力である。

 

そのような国家の権力の正当性と効力の源は、「国民主権と民主主義に裏打ちされた『法』」でなければならない。

 

民主主義とは、法治国家における国民主権の具体化であり進め方のことである。国民自身が参加し国民自身が権力の主人であり国民の利益のために権力を用いる。そのような法治国家であることが民主主義の前提だ。そこでは、『法』が自由意思を持った国民の意見を反映する政治体制を担保し、『法』が人々の自由意思の基礎となる人権(基本的人権)を保障する。

 

民主主義の代名詞である選挙は民意を政治に取り込み、多数決によって決するのみ。そして多数決は往々にして衆愚政治を招き、少数者は不満を抱くかもしれない。だから衆愚を防ぐために憲法に日本国民はこうあるべしと記すことは有意義だろう。衆愚であろうとなかろうと「力」の正当なコントロールは、自由意思を持った国民の意見を反映した議会を通して成立した『法』によって行われる。

 

日本の国家権力の源=正当性

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保」する。これこそが日本の国家権力の正統性を表現する言葉だ。

そのことの重要性を日本国憲法はもう一度繰り返し述べている。

「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」。

そして、どのような国家権力もこのような原則に基づくべきであり、日本もその原則に基づいて国民から選挙で選ばれた代表によって権力を行使すると述べている。

これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである

まさに、国家(日本国)の権力の正当性と効力の源は、「国民主権と民主主義に裏打ちされた『法日本国憲法)』」と述べているのである。

 

政治家に対する悪罵も衆愚に対する不満も、日本の民主主義が機能している証拠だ。よりよく機能させる提案もなしに大衆を扇動しようと意図する者たちは民主主義の敵である。

f:id:kaiunmanzoku:20190610102851p:plain 民主主義を叫ぶくせに民主主義が分かっていない人は多い。



 

平和を9条でしか語れぬ論者は要らない。

Real World

我々の生きている世界はおとぎ話のようなPerfect Worldなんかではなく、不完全な人間どもがそれぞれの流儀で自分たちだけでもとEgo丸出しで生き延びるために格闘し続けて来ているReal Worldだ。

戦争はなるべく避けるべきだが、民族の民族たる根本、あるいは国家が国家たる根本を守るためや、人類共通の価値観を守るためであれば、それらを脅かすものを退けるために「止む終えない」と戦争に訴える場合も出てくるだろう。人も、人の作り出す社会も不完全である以上、不完全さがもたらす脅威は避けられないからだ。それをどう防ぐかも含めて「戦争」の議論はなされねばならない。

 

「戦争も辞さず」を公言できない現代日本と日本人の脆弱さ

それについて考えさせられることが最近もあった。「戦争」という言葉を口に出すこと自体を悪であるかのように忌避し、議論の入り口にすら入れないのだ。これは日本人の「言霊信仰」を利用した戦後の洗脳と関係があるのかもしれない。

その原因が憲法なら憲法を変えねばならない。


憲法は、初めに9条ありきではない

日本人が人類や世界に対する責任をどう取ろうとしているのか、その日本民族の文化的価値観こそが根本であるべきで、日本と日本民族が、その存在と名誉にかけて、人類と世界に果たすべき理想と責任を語るものでなければならない。

なぜなら、日本は立憲主義国であり、日本が真の立憲主義国ならば、憲法は日本国と日本人の文化的価値観を世界に宣言する主張であるはずだ。また、日本は国民主権民主主義国であり。日本が真の民主主義国であるならば、憲法自由意思を持った国民の意思を反映する政治体制を守り、人々が自由意思を持てる基礎である人権(基本的人権)を守ると世界に発信する主張を持つべきだからでもある。そしてなによりも、日本は平和主義国だ。日本が真の平和主義国ならば、憲法で人として本来平等であるべき人々が、世界のどこに於いても、恐怖と欠乏に曝されることなく、人として尊重される社会が保てるように積極的に努めると主張すべきだからだ。

 

もし、現行の日本国憲法のなかに日本人の理想と責任を述べた個所があるとすれば次の三点だと思う。

1.「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい

2.「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

3.「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成する

 

改憲の機会があるというなら、上の理想を憲法の(前文ではなく)条文に書き表わすべきだろう。理想実現のための平和憲法らしく具体的にだ。

 なによりも、平和をこう定義すべきだ。

平和とは、人として本来平等であるべき全世界の人々が、世界のどこにおいても、恐怖と欠乏に曝されることなく、人として尊重される社会を保つこと。

 

平和とは、戦争をしないことではない。また、特定の時間や場所にいる特定の人々の安寧を指すのでもない。

専制と隷従、圧迫と偏狭が永遠に除去され、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれた世界に生存できること。

つまり、恐怖なき生存・欠乏なき生活・人としての尊厳誰もが等しく得られること。正義の実現の事だ。 

 

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「武士(もののふ)」部分画 源為朝に擬して描かれたと伝えられる 小堀鞆音 東京芸術大学

 

kaiunmanzoku.hatenablog.com

日本国憲法は自主憲法ではない

自主憲法でない明白な証拠

立憲主義国ならば、憲法はその国と国民の文化的価値観を世界に宣言する主張であるはず。

 

なぜ共産主義者が揃って護憲派なのか。

日本を破壊できるツールとして有益だからだ。日本国と日本国民の文化的価値観を破壊できるからだ。

象徴天皇のリーダーシップ 必要性と限界

象徴というお立場は元首なのに国のリーダーではない。難し過ぎるのではないか。リーダー教育はタブーなのだろうか。普通に元首としての言動を求めたいが現憲法下では無理なのか。

 

 

リベラリズムの本質は共感力

寛容性は見知らぬ相手に対する共感能力。リベラリズムの根底だが、現代のリベラルは異なる。「普遍的価値観はこうあるべきだ」という独善性に陥っている。それに気が付かないリベラルファシズムが心配だ。

 

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