1609年に琉球王国は一旦滅びている。
1610年に復活させたのは徳川幕府の都合である。
1610年に復活して薩摩藩の支藩として明治維新を迎えた琉球は、かっての、1609年以前の琉球王国ではない。それは島津が幕藩体制に組み込まれたのと同じかそれ以上の独立性を排除された後琉球なのだ。いわば、薩摩藩を盟主とする薩摩藩の支藩として徳川幕藩時代を生き抜いてきたのである。
だから、《「琉球王国」を1429年から1879年の450年間、琉球諸島を中心に存在した王国》と定義するのは誤りだ。
沖縄が日本であるのは古代からであるが、近世の日本として組み込まれたのが1609年の琉球王国の滅亡の時だ。その滅亡も復活も中世から近世へと戦国の日本が統一される動きの中で起きた出来事である。
ちなみに、後今川家の例を引くまでもなく、一旦改易されて復活した大名家は多い。琉球もまた徳川幕藩体制に組み込まれ「後琉球(1610年~)」としてお家を再興したのである。
+++++一旦滅亡・改易されて復活した大名家の例(一部)+++++
来島長親1601年
滝川雄利1603年
立花宗茂1603年
丹羽長重1603年
蒔田広定1603年
新庄直頼1604年
相馬義胤1604年
尚 寧 1610年
今川直房1611年
織田信雄1615年
木下利房1615年
高橋直次1615年
岩城貞隆1616年