事記本文:
即取出而清洗 奉火遠理命之時 其綿津見大神 誨曰之 以此鉤給其兄時 言状者 此鉤者 淤煩鉤 須須鉤 貧鉤 宇流鉤云而 於後手賜【淤煩及須須 亦宇流六字以音】 然而其兄作高田者 汝命營下田 其兄作下田者 汝命營高田 爲然者 吾掌水故 三年之間必其兄貧窮 若恨怨其爲然之事而攻戰者 出鹽盈珠而溺 若其愁請者 出鹽乾珠而活 如此令惚苦云 授鹽盈珠 鹽乾珠并兩箇
読み下し:
即ち取り出し清め洗いて火遠理の命に奉りし時、其の綿津見の大神、誨(おし)えて曰く、「此の鉤を以ち其の兄に給わむ時に言わむ状(かたち)は、『此の鉤は、淤煩鉤(おぼち)、須須鉤(すすち)、貧鉤(まずち)、宇流鉤(うるち)』と、云いて、後手(しりえで)に賜え【淤(お)煩(ぼ)・須(す)須(す)、また宇(う)流(る)の六字は音を以ちてす】。 然りしかして其の兄、高田(たかた)を作らば、汝命(いましみこと)は下田(くぼた)を營(つく)れ。 其の兄、下田を作らば、汝命は高田を營れ。 爲然(しかす)らば、吾は水を掌(つかさど)るが故に、三年の間に其の兄、必ず貧窮(まず)しくあらむ。 若し其の爲然(しかす)る事を恨怨(うら)みて攻め戰かわば、鹽盈珠(しおみつたま)を出だして溺(おぼほ)らせ。 若し其れ愁(うれ)え請(こ)わば、鹽乾珠(しおひるたま)を出だして活(い)けよ。 如此(かく)惚(なや)ませ苦しませよ」と、云いて、鹽盈珠・鹽乾珠、并せて兩箇(ふたつ)授ける
現代文訳:
釣針を取りだしてきれいに洗い火遠理の命に差し上げる時に、その綿津見の大神が教えて
「この釣針を持って、あなたのお兄さんに渡す時に、言葉を唱えるやり方は『おぼち*1、すすち*2、まずち*3、うるち*4』と言って、後ろ手でお渡ししなさい。【淤(お)煩(ぼ)・須(す)須(す)、また宇(う)流(る)の六字は、音をそのまま当て字にした。】そうして、あなたのお兄さんが高い場所に田を作るなら、あなた様は低いところに田を作りなさい。お兄さんが低いところに田を作るなら、あなた様は高いところに田を作りなさい。そうすれば、私は水を思いのままに出来るので、三年の間に、あなたのお兄さんは必ず貧乏になるでしょう。もし、あなた様がそうすることを恨みに思って、あなた様を攻めて戦うようであれば、鹽盈珠(しおみつたま=潮が満ち満ちてくる玉)を出して溺れさせ、もし、お兄さんがあなた様に慈悲を願うようであれば、鹽乾珠(しおひるたま=潮が引いて乾く玉)を出して、命を助けて上げなさい。このようにお兄さんを悩まし苦しめなさい」
と言って、鹽盈珠・鹽乾珠、あわせて二つを授けました。
参考:
画像は次のリンク先に掲載のもので、画像自体がリンクになっております。
潮満珠(しおみつたま)|田元神社 祈年祭(春まつり)(神楽)
*1:「淤」は、泥であり、泥で塞がり、ぬかるんでいることを示す。淤煩鉤で「泥煩いをもたらす釣針」という事だが、Wo という音から「倭の煩い」という意味を含蓄する。それがわざわざ【淤煩及須須 亦宇流六字以音】と古事記に注を入れた理由と思われる。なお、本件については、「淤岐嶋」について書いた次のブログを参考にして欲しい。
*2:須(す)須(す)これも字面だけだと「必ずこうなる」という意味にとれるが、音の意味がある。年が経って古びて錆びてしまう、煤けるの意味だと解したい。
*3:貧乏になる釣針
*4:宇(う)流(る)は、「うるる、水でふやけてしまう」の他、uの音は「于」に通じて「干からびる」に通じる。水難を招く釣針の意味だろう