【保守・リベラル・共産主義者】
社会主義・共産主義では、政治経済活動を個人レベルまで監視・統制するため強権を持つ大きな政府、いわば「強大な政府」が必要となる。
保守
それに対し「小さな政府」で自由と民主を守ろうとするのが、現在的「保守」である。自国社会の歴史的文化的発展と安定は不完全ながらも成熟期に近づきつつあり、人々は幸福とは何かを知っている。その幸福を享受するために必要な人権の尊重や平和の維持、さらには物やサービスを、人々は主権者として追求できる。人々は、そのような現状の歴史・文化・価値観を持つ社会・国家に誇りを持っている。保守主義者はそういう認識を持つ。
したがって、社会変革は、人々の許容範囲内で必要最低限度に行われるべきであり、なるべく人々の自助努力を促し、国家の関与が過剰であってはならないとする。
なお、天皇陛下を戴かない「保守」は歴史文化とその価値観の尊重という意味で日本に存在しえないが、天皇を中心とした「一君万民」の擬似社会主義、愛国理想社会主義を「保守」と混同してはいけない。それは別問題である。
日々の安全や当たり前の社会生活(日本の治安の良さ等)は既存の道徳律や文化の中で維持されている。他者への思いやりや優しさを育む土壌が日本の既存の道徳律や歴史文化の中にあるからだ。そう気付いた人々のこと。既存の道徳律や文化を尊重し愛することを子や孫に伝えようとする姿勢が保守。
リベラル
「リベラル」は、社会福祉政策を充実させようと「より大きな政府」を積極的に容認する勢力。世界はより良い理想社会に向けて急速に変化発展を遂げていると考え、自国民こそ、変化を先取りし、他国の理想国家モデルとして変革されるべきだと考える。社会保険充実のための消費税上げや義務教育費ゼロ等の現在の自民・安倍政権が実施の政策は「リベラルな政策」と言える。
なお、リベラリストは既存の社会的価値観も時代の「進歩」に合わせて変化させていくべきだと考えるが、国家、民族、社会がもつ文化や価値観は国民や民族や市民の尊厳であるとの理解と認識があり、それらこそが自由と民主の基盤であると考えている。それらを否定して社会を成り立たせている人々の絆を分断することを憎む。
共産主義者 新共産主義者
平等や公正さを理想とするが、政治経済活動を個人レベルまで監視・統制するため強権を持つ大きな政府、いわば「強大な政府=強権国家」を必要とし、誰かが平等を強制し続ける体制が誕生する。そのため平等や公正さを取り仕切るはずの行政官が特権階級として、平等や公正以上のもの(権力)を手に入れることになる。
平等や公正さを理想とする「理想社会」誕生の際には「革命」と呼ばれる暴力も必要だと信じられ、20世紀においては実際に多く用いられてきた。だが現実には、誕生したはずの「理想社会」を維持するためにも支配層の特権階級が(被支配層を使って)暴力を用いることがたびたび見受けられる。それが現代の意味における共産主義、共産社会、あるいは共産党支配社会だ。事実上は、赤い貴族による特権階級(維持)社会といえる。
そして、実現しようとする社会がどんなものかを知る知らずに拘わらず、そのような赤い貴族による特権階級社会を作り出そうとする人々を共産主義者という。
その特権階級社会を21世紀の現代に出現させるため、国家、民族、社会、特に既存社会がもつ文化を全否定して、社会の少数者の権利を過剰に擁護することで、社会的動物である人が本来持つ社会帰属意識を破壊せしめ、「革命」を可能ならしめようとする人々を新共産主義者という。
現在の国会に存在する野党には、リベラルを偽装する共産主義者や新共産主義者が隠れ住んでいる。彼らは「極左集団」と呼ばれる実質を持ちながら「リベラル」を称するが、自分らの価値観に沿った行動を個々人に要求する言動にその本性が見え隠れする。彼らは強権国家を作り出そうとする悪魔か、その姿が見えずに従う悪魔の信者である。一見、リベラルで先進的で古臭い既存の道徳に囚われない物の見方、新しい生活様式や価値観なるものを提案しているように見えるが、その目的は社会を成り立たせている人々の絆の分断である。彼らが真の新しい文化や生活の担い手か、独善的正義を振り回す新共産主義者であるかを見分けるのは比較的容易だ。その人が他の人々の価値観や考え方を尊重するかどうかでその真偽がわかる。新共産主義者は他者の考え方を尊重しようとしないのだ。人々が尊重する歴史や文化、それらに基づく伝統や価値観を頭から否定し、受け入れようとしない態度をとる。その心の持ちようが言葉やしぐさの端々に出る。彼らの正体は、自分たち好みの独善的価値観だけが、支配するひとつの社会を作り出そうとする悪魔(ファシスト)達である。
以上はFBへの投稿を加筆修正してブログにまとめた。
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なお、マルクス、共産主義、共産主義者については下記のブログに定義してある。
新共産主義者については下記を参照されたい。