【中華とは偏狭なナショナリズム】
「中華」という言葉に内在するナショナリズムに気が付かない人間がいるらしい。「中華」は如何に強大であろううが国際的ではない。
「中華」とは、諸民族を越えて共通尺度を持つ「文明」とは異質のものだ。
インド亜大陸に生まれた仏教がユーラシア大陸の諸民族に広がり得たのは、まさにその「文明」の共通尺度を持ちえたからだ。
「中華」は、その反対である。いわば広がりを持たない偏狭さを他民族に押し付ける。そこには諸民族を超える共通の物差しはない。
中華こそ、文明と言う仏様の手の中を飛び回る小さな猿の思想である。そう思う。
いわば、中華とは、孫悟空の斉天大聖(せいてんたいせい)の名乗りの如きものだ。