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kaiunmanzoku's bold audible sighs

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Wherever there is a human being, there is an opportunity for a kindness. 引用・転載はご自由に。ただし、引用元・転載元だけ明記ください。 Feel free to copy and reprint but please just specify an origin of quotation.

因幡の白兎 兎と鰐 大国主命 (2)

日本 Japan 古代日本 歴史 History

超訳

裸のウサギに、「そのひどい日焼けを治すのには、海水を浴びて風にあたると良いから、高い山の風当たりのよい尾根で横になっていなさい」と大国主の兄弟たちが教えた。だからウサギは教えられた通りにした。そうしたら体中の皮が剥けて、そこに塩が入るものだから痛くて痛くてヒーヒー涙を出しながら悶え苦しんでいたら、最後に大穴文字がやって来て、聞いたとさ「なぜ泣いてるの」

 

+++++読み下し文+++++

尓して八十神その菟に謂いて云わく、汝まさに為すは、この潮を浴み、風吹くに当たりて、高山の尾の上に伏せるべしと。

故にその菟八十神の教えに従ひて伏す。

尓してその塩の乾くに随い、その身の皮ことごとく風見て吹き拆(ひ)らく

故に痛み泣き伏せれば、最後(いやはて)に来ませる大穴牟遲神、その菟を見て言わく、何のゆえに汝泣き伏せると。

 

+++++古事記本文+++++

爾八十神謂其菟云、汝將爲者、浴此海鹽、當風吹而、伏高山尾上。

故其菟從八十神之教而伏。

爾其鹽隨乾、其身皮悉風見吹拆

故痛苦泣伏者、最後之來大穴牟遲神、見其菟言、何由汝泣伏。

 

+++++以下は私の現代語訳+++++

裸のウサギ(兎)に出くわしたオオクニヌシノカミの兄弟である大勢の神様たち(八十神)はそのウサギに「あなたがまずなすべきことは、この海の潮を浴び、風にその身を曝すことだ、だから高い山の尾根の上で、横になっていると良い」と仰られた。

そのウサギは八十神の教えのとおりに伏せていたが、海水が乾くにつれて、体中の皮のことごとくを、風が吹き裂いて開き、剥き出しにしてしまった

そういうわけで痛みに苦しんで泣き伏していると、最後に現れたオオクニヌシノカミ(大穴牟遲神)が、そのウサギの様子を見て聞いた「なぜ泣き伏しているのか」と。

(続く)

 

 +++++

太字部分は、「風に吹き拆かえつ(かぜにふききかえつ)」として、「風に吹き裂かれた」と訳されている場合が多いと思う。しかし、「見」の文字に含まれる「曝される」意味を何とか付加えたかったので、「風見(風が見て)」というまるで風と言う生き物がいるような言葉の持つ「空気に曝される」と言う意味と「」の文字が「解きほどく」「開く」「解体する」という内側のものが外に剥き出しになる意味が前面に出るように訳してみた。

つまり、「其身皮悉」その身の皮ことごとくに続く後の句「風見吹拆」を「かぜみてふきひらく」あるいは「かぜみふきさく」と読むこととした。

そうすることで、兎の苦痛の原因が、体中の皮が風でことごとく裂け開いてきて塩に(皮膚の下が)直接晒される状態になってしまった事によるものだと理解できるからだ。

この理解が、鰐に毛を毟り取られたというニュアンスを拒否するのだ。

つまり、古事記の「兎」の文字の中に「少」の文字があるからと言って、文章まで変えて「毟る」意味まで推定する必要はないと私は主張していて、この太字部分こそが兎と鰐の正体を知る手立てであると思っている。

今後のこのブログの中で、それを証明できたら良いと思う。

 

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11月29日 最上部に【超訳】を置いて、そこだけ読めばこのブログの趣旨がわかるようにした。

この物語は通説とは異なっていると思います。しかし、私に謬説を拡散する意図はなく、門外漢の視点を提供する試みがこのブログの目的です。仮説であることを前提にお読みください。

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