Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

kaiunmanzoku's bold audible sighs

Be love Be peace Be harmony Be compassion Be joy

Wherever there is a human being, there is an opportunity for a kindness. 引用・転載はご自由に。ただし、引用元・転載元だけ明記ください。 Feel free to copy and reprint but please just specify an origin of quotation.

History / Japan  日本各地に残る”u”と発音する地名(例えば「宇」「鵜」「于」他)は、『倭の』という意味を持つ。倭は”wo”と発音した。

掲題の事実については、既にこの私のブログで述べているつもりだったが、明記していなかったので、題字に明記した。

 

 

根拠は、下記のブログとそこで参照されていることをご覧いただきたい。

kaiunmanzoku.hatenablog.com

 

kaiunmanzoku.hatenablog.com

 

kaiunmanzoku.hatenablog.com

 

kaiunmanzoku.hatenablog.com

 

土地の名前ではないが、上記の根拠を裏付ける仮説として次のものがある。

kaiunmanzoku.hatenablog.com

 

もちろん、「倭」とは「大和」「日本」「和」のことである。

「わ」や「うち」が「自分たちの」や「日本の」の意味を持つことが自然に受けられることも自明であろう。

f:id:kaiunmanzoku:20160610172604p:plain

 

そして、それらの事実は中世沖縄の言語からたどり寄せたものだ。

私としては、古事記日本書紀に海神(わだつみ)として記されているものが、何を意味するかは、既に答えたつもりである。

空船(うつほふね)や高天原、岩船の謎、遺伝子解析に触れたブログもある。そこではチベット高原からガンジス河口から沖縄諸島、九州の大隅半島に至るまでの民俗的挿話や想像も交えて、私の考えていることを示唆したつもりである。

学術的背景を経歴に持たないがゆえに不足する説明については、世に専門家と称する方々が解き明かしてくれると思う。

様々な文字に姿を変えた「う」は、元は「倭(wo)」という読みであり、久米人、球磨、隼人、耶秦、八幡と呼ばれる人々が残した現代の日本人(倭人)へのメッセージである。

(2016-6-12追記)もともとが。”wo”の発音と考えられるので、「御」「尾」という「お」の地名も検討してみる必要があるだろう。「尾道」など倭の道の可能性がある。

 

 

Wherever there is a human being, there is an opportunity for a kindness. 引用・転載はご自由に。ただし、引用元・転載元だけ明記ください。 Feel free to copy and reprint but please just specify an origin of quotation.